M&Aにおけるデューデリジェンス費用の実務課題:最新の裁判例を踏まえた税務リスクの再検討

1. はじめに:拡大するM&A市場と業務対価の高額化 

近年の日本企業が関与するM&A市場は、かつてない活況を呈しています。2025年には件数・規模ともに過去最大を記録し、リーマンショック後の2010年頃と比較して、件数は2.5倍、金額は3倍以上にまで拡大しました。背景には、海外投資、業界再編、そして近年のAI投資の増大が挙げられます。 

こうした大規模なM&Aの遂行にあたっては、対象企業の価値評価やリスク抽出(デューデリジェンス、以下「DD」)のために外部専門家への委託が不可欠です。しかし、買収金額の高額化に伴い、これら専門家へ支払う「M&A業務対価」も相応の規模となっており、その税務上の取扱いは、投資効率やキャッシュフローを管理するCFOにとって看過できない論点となっています。 

2. 会計と税務の乖離:複雑化するコスト処理 

M&A費用を「いつの時点で損益に反映させるか」という問いに対し、会計と税務では異なる視点が存在します。 

会計上の取扱い 

連結財務諸表においては、企業会計基準委員会(ASBJ)が2013年(平成25年)9月13日に公表した改正企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」により、外部のアドバイザー等に支払った取得関連費用(M&A業務対価)は「発生した事業年度の費用」として処理することとされました(同基準第26項)。改正前は、取得の対価性が認められる報酬・手数料等は取得原価に含めることとされていましたが、この改正により、国際的な会計基準(IFRS)との比較可能性を高める観点、および「どこまでを取得原価の範囲とするか」という従来の実務上の判断の難しさを解消する観点から、費用処理へと一本化されました。 

一方、個別財務諸表における取扱いは、買収の形態によって異なります。株式譲渡・株式取得(子会社株式の取得)による買収の場合、個別財務諸表上の取得原価は、企業結合会計基準ではなく金融商品会計基準および金融商品会計に関する実務指針に基づいて算定されます。同実務指針では、金融資産の取得に伴う付随費用は原則として取得価額に含めることとされているため、株式取得に伴うDD費用等の取得関連費用は、個別財務諸表上は従来どおり取得原価に算入されることになります。これに対し、合併による買収の場合は、個別財務諸表上でも合併に要した支出額は発生時の事業年度の費用として処理することとされており(企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針第84-7項)、こちらは2013年改正以前から費用処理が原則でした。 

つまり、「連結は費用処理、個別は取得原価算入」という単純な二分ではなく、正確には、①株式取得による買収では「連結=費用処理/個別=取得原価算入」という形で連結と個別の処理が分かれ、②合併による買収では連結・個別いずれも費用処理となる、という構造になっています。株式取得によるM&Aが実務上最も多いことから、「同一企業内でも連結と個別で処理が分かれる」という状況が生じやすいのは事実であり、この点は元の文章の指摘するとおりですが、これはあくまで株式取得のケースに関する説明である点に留意が必要です。 

法人税法上の取扱い 

法人税法上、特に株式取得による買収の場合、法人税法施行令第119条第1項第1号に基づき、「有価証券の購入のために要した費用の額」は当該有価証券(株式)の取得価額に算入しなければならないと定められています。これまで課税当局は、この規定を比較的広く解釈し、DD費用を含むM&A業務対価の多くについて、資産の取得価額に算入する(=即時の損金算入を認めない)よう求める運用を続けてきました。 

このように、会計上は(少なくとも連結財務諸表においては)発生時費用として処理される取得関連費用の多くが、税務上は資産計上(取得価額算入)を求められるという「会計と税務の乖離」が生じており、これがCFOや投資家にとって、投資効率やキャッシュフロー管理上、看過できない論点となっています。 

※参考URL 

企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」(ASBJ本体サイト)

https://www.asb-j.jp/jp/accounting_standards_system/details.html?topics_id=123

法人税法施行令 第119条(e-Gov法令検索) 

https://laws.e-gov.go.jp/law/340CO0000000097

3. 争点:どこまでが「購入のために要した費用」か 

実務上の最大の争点は、DD費用が「購入のために直接必要なコスト」なのか、あるいは「購入するか否かを判断するための経費」なのかという点に集約されます。 

これまで国税不服審判所が出してきた裁決の多くは、納税者にとって厳しいものでした。 

  • 2010年裁決: 取締役会で取得を決定したの財務調査費用は、意思決定の参考とされたため取得価額に算入すべきとされました。 
  • 2024年裁決: 取締役会決議であっても、意向表明書を提出した時点で「特定の株式を取得する意図」があったとみなされ、DD費用は取得価額に算入すべきであると判断されました。 

このように、特定の買収案件が具体化した段階で発生するコストは、原則として「資産」であり、即時の「損金(経費)」とは認められない傾向が続いてきました。 

4. 転換点:2026年東京地裁判決による新たな法的解釈 

こうした実務慣行に一石を投じたのが、2026年2月18日の東京地裁判決です。本件は、2022年の裁決結果を不服とした納税者が司法の判断を仰いだものであり、裁判所は課税当局による更正処分の一部を取り消しました。 

地裁判決の画期的な判断基準

裁判所は、本規定(施行令119条1項1号)の射程を限定的に捉える判断を示しました。 

  • 「損金(経費)」として容認されたもの: M&A仲介に係る情報提供料、業務中間報酬、および法務調査費用(法務DD費用)。 
  • 「取得価額(資産)」に含めるべきとされたもの: 株式譲渡契約の締結を受けて支払われる成功報酬 

この判決は、DD費用等の調査コストが「有価証券の購入のために直接要した費用」には該当しない可能性を初めて司法が示した点において、極めて重要な意味を持ちます。 

5. CFO・投資家が留意すべき今後の展望 

本判決により、DD費用の即時損金算入の道が拓かれつつありますが、現時点では以下の点に留意が必要です。 

  1. 控訴審の動向: 課税当局は本判決を不服として控訴しており、法的確定には至っていません。今後の上級審の判断を注視する必要があります。 
  1. 契約・エビデンスの精緻化: 費用が「購入のための直接費用」か「判断のための調査費用」かを区分するために、アドバイザーとの契約書における役務内容の明文化や、意思決定プロセスの記録(議事録等)をより厳密に管理することが求められます。 

6. まとめ 

M&AにおけるDD費用の取扱いは、単なる会計処理の問題にとどまらず、企業の税務コストや投資効率に直結する重要な経営課題です。これまでの「何でも資産化」という当局の姿勢に対し、司法が一定の歯止めをかける解釈を示したことは、多くの企業にとって予測可能性を高める一歩となるでしょう。 

当事務所では、最新の裁判動向を踏まえ、企業の皆様が適切なガバナンスと税務コンプライアンスを両立できるよう、引き続き有益なアドバイスを提供してまいります。